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東京都豊島区の歴史
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所在地 豊島区駒込1-30-12

 日枝神社
 旧上駒込村字新屋敷の鎮守。東側が開けていたことから江戸時代は「朝日山王宮」と呼ばれていた。
 祭神は大山咋神を主神とし、素戔鳴尊・大己貴尊・少彦尊を合祀している。
 「新編武蔵風土記稿」は、慶長年間(1596~1614)以前から祀られていたとする説を紹介している。
 風土記稿編纂当時の神主は沢田近江といい、先祖の大江免毛が万治3年(1660)からその任にあったとしている。また、元文元年(1736)に大江大夫橘為稠によって再興されたとする説があるほか、延享元年(1744)に本社が造営されたという記事が「武江年表」・「新編江戸志」などに見られる。
 江戸時代の小日向の僧、津田敬順は、その著書『遊歴雑記』の中で、神主の沢田近江の居宅からの眺望が最もすばらしいと述べている。また、「実に雅人の愛すべき土地」といい、歌人や俳人が来訪して宴を楽しみ、自らも沢田の居宅で茶を楽しんだことも記されている。
 境内には、明和2年(1765)の銘がある手水鉢があり、鳥居の脇には、正面に「右朝日山王宮」と刻まれた、文久元年(1861)のものと思われる道標がある。また、「傳中親睦会」と刻まれた石柱があるが、これは古い鳥居の一部である。「傳中」は「殿中」とも書き、上駒込村の字の一つで、六義園が柳沢吉保の屋敷だった頃、将軍綱吉の御成を待つ供の様子が、あたかも殿中の様であったことから、その一帯をこう呼ぶようになったという。
 2010年(平成22年)2月 豊島区教育委員会



 日枝神社には『手水鉢』、『道標』があります。



 
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