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東京都豊島区の歴史
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所在地 豊島区西巣鴨4-8-25

天台宗
 薬王山 廷寿院 善養寺
 善養寺は、天長年間(824~833)に、開基である慈覚大師が上野山内に創立したと伝えっれる天台宗の寺院で、正式には薬王山延寿院善養寺という。東叡山寛永寺の末寺で、本尊は薬師如来像である。
 江戸時代の寛文年間(1661~1672)に下谷坂本(後の下谷区善養寺町、現台頭区上野公園)に移転した後、境内地が鉄道用地の拡張にかかるということで、明治45年(1912)に北豊島郡巣鴨村大字巣鴨字庚申塚347番地(現在地)へ移転し、現在に至っている。
 本堂には高さ約3メートルの木造閻魔王坐像(豊島区登録有形文化財)が鎮座し、広く信仰を集めていることから「おえんまさまの寺」とも呼ばれ、また、杉並区松ノ木3丁目に所在する華徳院、新宿区新宿2丁目に所在する太宗寺とともに、江戸三大閻魔の一つとしても親しまれてきた。
 境内には、寛永6年(1629)造立の石燈籠をはじめ、延宝8年(1680)の駒型庚申塔、天明8年(1788)の宝篋印塔、また江戸時代中期に陶工・絵師として活躍した尾形乾山の墓(東京都指定旧跡)や、フランスでジュリオ・キュリー教授(キュリー夫人の娘婿)の指導を受けた原子物理学者湯浅年子の墓など、多くの貴重な文化財が残されている。
 平成14年(2002)3月 東京都豊島区教育委員会






                                                                                                 閻魔堂











 善養寺には『尾形乾山墓・碑』、『湯浅年子墓』、『武蔵川喜偉之』、『宝篋印塔』、『茶釜碑』、『茶釜塚』があります。
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