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東京都豊島区の歴史
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所在地 豊島区南大塚2-27-1 (大塚南公園)

 都電6000型6162号車
1、都電の兄弟たち
都電は、東京都交通局が走らせています。
交通局には、都電荒川線のほかに都営地下鉄線があります。
浅草線・三田線・新宿線の三路線です。また、道を行く都バスも仲間です。
皆さんも乗ったことがあるでしょう。
2、都電荒川線の歴史を見てみましょう。
 東京でただ一か所となった都電荒川線は、現在一日延6万5千人の都民の皆様が利用しております。
 荒川線が誕生したのは、明治44年(1911)です。この年、王子(飛鳥山上)-大塚間が開業しました。
 当時は、私鉄の王子電気軌道という会社で運行されており、長い間『王電』の呼び名で親しまれていました。
 この『王電』は、昭和17年(1942)に東京市に移管され『市電』と名前が変わり、昭和18年(1943)の東京都制施行により『都電』と呼ばれるようになりました。
 昭和37年(1962)の頃には、東京都内200km以上もの都電の線路が網の目のようにありました。
 その後、自家用車の増加や地下鉄の開通により、都電の多くの路線が次々に廃止されました。三ノ輪橋-赤羽間および荒川車庫-早稲田間も廃止予定でしたが、路線の大部分が専用軌道であること、地域住民の強い要望などにより王子駅前-赤羽間のみ廃止し、他は残すこととなりました。
 そして昭和48年(1973)には、二つの路線をつなぎ、三ノ輪橋-早稲田間として12.2kmを一本化し名前を『都電荒川線』と改め、現在にいたっています。
3、この電車の大きさと生い立ち
 6000形の車両は、現在荒川車庫で応急車として残されている6152号車以外は昭和53年(1978)4月27日付ですべて廃車となりました。

形式       6000形
番号       6162号車
大きさ      長さ12.3m  幅2.21m   高さ3.66m
重さ       16.0t
モーター     38kWが2個
定員       96人(座席30人)
製造年月日  昭和24年(1949)7月21日
配属車庫    昭和25(1950).10.16  青山車庫
          昭和42(1967).12.10  大久保車庫
          昭和43(1968).05.26  荒川車庫
          昭和45(1970).03.27  錦糸堀車庫
廃車       昭和46年(1971)3月20日
公園設置    昭和46年(1971)5月01日
4、現在の荒川線の車両
形式     7000形         7000形冷房車
車両数     10両               23両
大きさ    長さ12.5m  幅2.2m   高さ3.7m
重さ     15.5t(冷房車16.5t)
モーター   60kWが2個
定員     96人(座席24人)
最高速度  時速40.0km

形式     7500形         7500形冷房車
車両数      1両               13両
大きさ    長さ12.5m  幅2.2m  高さ3.9m
重さ     16.5t
モーター   60kWが2個
定員     96人(座席24人)
最高速度  時速40.0km

 (他に6000形〔6152〕及び8500形が1両ずつで合計49両)
 平成3年(1991)1月1日現在  資料提供 東京都交通局     
          











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