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東京都豊島区の歴史
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所在地 豊島区南大塚1-26-10

真言宗豊山派
 観光山 慈眼院 東福寺
 真言宗豊山派に属し、観光山と号す。創建の年代は明らかでないが、永禄5年(1562)に良賢和尚が中興したと伝えられている。初め小石川大塚にあったが、元禄4年(1691)に当地へ移ってきた。本尊は十一面観世音菩薩であり、ほかに薬師如来がある。
 山門前医師団の左右には、道標の役割をも兼ねる明治37年(1904)庚申塔、明治43年(1911)の疫牛供養塔などがあり、境内には山門脇に十羅刹女神を祀る堂がある。これ江戸時代、現在の天祖神社の地に祀られ、巣鴨の総鎮守であった。しかし、明治の神仏分離令によって十羅刹女神は福蔵寺の所有となり、その後、福蔵寺が火災で焼失し東福寺に合併したので、東福寺のものとなった。これは昭和30年(1955)まで天祖神社に隣接した場所に置かれていたが、同年、東福寺の境内に移された。
 墓地には守山藩(陸奥田村郡)の儒学者戸崎淡園の墓があり、甲冑帯刀した武士が床几に腰をおろした像を刻んだ遅塚928の碑もある。
 昭和57年(1982)1月 東京都豊島区教育委員会


















 東福寺には『戸崎淡園墓』、『遅塚九二八の碑』、『十羅刹堂』、『疫牛供養塔』、『庚申塔』があります。
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