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東京都豊島区の歴史
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所在地 豊島区雑司が谷3-15-20 (鬼子母神堂)

 大黒天堂
東京別院の大黒天尊像は功徳院大分本院に祀られる、『福録大黒天尊像』を分祀したものである。
当山は弘仁7年(816)、弘法大師空海上人が和歌山県高野山に開いた真言宗(本山金剛峰寺)の末寺で、延宝5年(1677)3月、大分県に松平家の子孫を祀る祈願所として建立。元は松栄神社の内官寺であったため、明治18年(1885)、護国神社の大増築に伴い、現在の大分県庄内町の権現岳(通称城山)に移転。以降、地域の零場として、僧侶の修行道場として栄え、現在も無数の石仏が城山山中に奉納されている。
『福録大黒天尊像』は功徳院の中興と、万民の幸せを祈念し、平成6年(1994)5月、大分本院の城山山頂(標高216米)に2年がかりで奉納安置された。
この尊像は中国山東省において赤御影石で彫刻されたもので、高さ3メートル、重さ18トン。一石彫りとしては国内最大級の大きさである。
大黒天は七福神の一で仏法僧(三宝)を好む福の神として産業振興、商売繁盛、家内安全、除厄招福などの霊験あらたかである。
東京別院の大黒堂は、大分本院『福録大黒天尊像』の霊験あらたかなるを、より多くの方にご享受いただき、その功徳とご利益のご縁を結んでいただく為に建立した。
この大黒堂に無数に奉納されている小さな『お願い大黒天』は、庄内福録大黒天尊像の五十分の一の大きさにかたどったもので、功徳院縁者の方々が種々の願いを託し奉納している。
大黒天は二体奉納され、一体は大黒堂に、名前・祈願を刻み奉納安置され、大黒天の縁日・甲子の日には大黒法を執り行う。もう一体はご自宅にお祀りするか、大分本院の大黒天の元に奉納するかを選択することが出来る。
多くの皆様の「信仰」「願い」を大黒さまという「像(かたち」)に託し、天下泰平、万民快楽なることを祈念したい。
 龍源山 功徳院



雑司が谷七福神
 大黒天

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