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東京都豊島区の歴史
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所在地 豊島区巣鴨5-35-37 (すがも平和霊園)

 磯村英一先生顕彰碑
 先生は、1903年東京で生まれ、東京帝国大学卒業後、東京市に奉職、民生局長等を経て東京都立大学教授、東洋大学教授・学長を歴任。都市問題、人権問題の専門家として幅広く活躍。地域改善対策協議会会長を、90歳まで務め、引きつづき財団法人地域改善啓発センター理事長に就任。生涯、同和問題解決へ向けて尽力をつづける一方、核禁会議議長として平和運動にも大きな影響を与えた。勲章は断りつづけたが、平成4年(1992)名誉都民章なあびに東京都目黒区名誉区民章を授章。少子高齢型社会の到来に向け、「もやい運動」を提唱。1990年東京・巣鴨に「もやいの碑」を建立、「もやいの会」を創立、生涯会長を務めた。先生は、整然『僕の亡骸よりも、と大切な名誉都民章・名誉区民章を「もやいの碑」に納めることで、永遠に会員の皆さんと仲間でありつづけられる』と遺言されていた。その意を体し「もやいの会創立十周年」にあたり、先生の遺徳を顕彰し、ここに石碑を建立した。
 平成12年(2000)12月8日 もやいの会 会長神作光一

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所在地 豊島区巣鴨5-35-37 (すがも平和霊園)

 平和祈念碑
 大東亜戦争末期の昭和20年(1945)3月4日、午前9時30分、東京都豊島区巣鴨5丁目45番地の防空壕に直撃弾が投下され、伊藤淑子ちゃん(9歳)、登美子ちゃん(5歳)、恵美子ちゃん(2歳)の3人の幼い生命が一瞬の間に奪われました。 
 この平和祈念碑は、漫画家の富永一朗先生が、3人の幼い子供をモチーフに、世の中がいつまでも平和であり続けることを願って原画を奉納して下さったもので、すがも平和霊苑のシンボルになっています。
 岡崎 鳥山石材店   彫刻 鳥山和久





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