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東京都豊島区の歴史
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所在地 豊島区上池袋2-1

 堀之内橋
 江戸時代の頃、この橋のあたりは新田堀之内村という畑作中心の小さな農村でした。明治に入ると巣鴨村に編入され、文明開化の波が押し寄せるに連れ、新しい交通機関として鉄道の建設が進みました。明治18年(1885)に山手線が品川~赤羽間、明治36年(1903)に、池袋~田端間が開通し、村も大きく様変わりを始めました。
 大正7年(1918)に町制の施行により西巣鴨町となり、「大字新田堀之内」は「堀の内」と改称されました。大正12年(1923)の関東大震災以後、多くの人が移り住み、急速に市街化が進んだのもこの頃です。
 昭和を迎えるとすぐに明治通りの整備が始まり、山手線をまたぐために架けられた橋が地名にちなんで「堀之内橋」と命名されました。昭和7年(1932)10月1日、東京市域拡張により豊島区が誕生し、この地域が「堀ノ内町」となりました。
 その後「堀之内町」の地名はなくなり、現在、「堀之内」は、橋や踏切の名として、わずかに残っているだけとなっています。
 平成13年(2001)3月 豊島区










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